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 そのまま真剣に紅茶とミルクティとカフェオレの缶を凝視して吟味するフィーちゃんを目に、理沙ちゃんが笑って答える。

「気にしないで。お見舞いにこじつけて、私達が食べたかったっていうのが本音だから」

「そうなの。ずっと食べたかったの。苺のロールケーキ。季節限定だけど、すごく美味しいんだよ。きっと、フィーちゃんも好きだと思う」

 備え付けのテーブルの上でケーキの箱を開きながら、理沙ちゃんに合わせて彩乃ちゃんも、そう笑って言う。

「うん、大好き」

 それに華やいだ声でフィーちゃんが即答し、真生が呆れた視線をフィーちゃんに向ける。

「いや、お前、食ったことないだろ」

「経験はなくとも、感覚で分かる。苺のロールケーキ、私大好き」

 横からの茶々にも負けず、目を爛々とさせてフィーちゃんは豪語した。そのやり取りに、彩乃ちゃんが可笑しそうにくすくす笑う。理沙ちゃんも同じように笑っていたけど、その時俺は、意図的に彩乃ちゃんを見ていた。

 正確に言えば、ケーキを取り分ける彩乃ちゃんと、待ちきれないように立ち上がって横からその作業を覗き込むフィーちゃんと、椅子に座ってそんなフィーちゃんを見ている真生。その三人を視界に入れながら、重点的に彩乃ちゃんを見て、考えていた。

 

 理沙ちゃんとタイプは違うけど、彩乃ちゃんも普通に可愛い。背が小さくて華奢で、いかにも守ってあげたいって気分になる女の子だ。仕草や言動も女の子らしくて可愛いし、ずばり真生の好みのタイプど真ん中だとドライブの時思った。それについて真生に確認はしていないけど、これまでの奴の女の子に対する、「すごく可愛い」「可愛い」「別に普通」という三段階評価の査定基準を元に考えても、彩乃ちゃんは間違いなく、「すごく可愛い」の部類に入る子だと思う。

 そして、これは完全に俺の勘だけど、彩乃ちゃんは真生に少なからず、気があるように思う。真生に話し掛ける時の声とか、真生が話しているのを見ている時の顔とか、こういうことは傍から見ている第三者のほうが何となく分かってしまうものだ。

 好みのタイプの女の子が近くにいて、その子が自分に気がある。彼女募集中の男にとって、これほどラッキーなことはない。

 だけど。

 

 そこまで考えて、彩乃ちゃんから真生に視点を向け変える。真生は思った通り、さっきと変わらず、フィーちゃんを見ていた。

 

 真生が見舞いに来るのは、これで六回目だ。まあ俺が、暇だ何だとしょっちゅう呼びつけているのだけど、その度必ず真生はフィーちゃんを連れてくる。フィーちゃんが来てくれるのは全然構わない。むしろ、来てくれて嬉しい。問題は真生だ。

 はたして奴は気づいているのだろうか。最近やたらと、フィーちゃんのことばかり気にして、フィーちゃんのことばかり見ている自分に。

 

 まあ、真生にしてみれば、保護者の気分なのかもしれない。なんだかんだ言っても面倒見がいいところが、真生にはある。どういう事情があってフィーちゃんが日本に来たか詳しくは聞いていないけど、フィーちゃんくらいの歳の子が、遠い親戚を頼って一人日本まで来るくらいだ。きっと何か深い事情があるのだろう。真生は当然それを知っているのだろうから、余計、庇護欲が湧くのかもしれない。

 従兄弟同士の結婚が認められているのだから、又従兄弟同士がそういう関係になっても別にいいんだよなあと、真生とフィーちゃんを目に映しながらぼんやりと考えていたら、彩乃ちゃんが、あっ。と、小さく声をあげた。

「しまった。孝くん、ごめん。フォークとかあるかな?」

「ああ、あるある。母ちゃんが持ってきてた。確か、そこの引き出しに……」

 思考を真生のことから離して、彩乃ちゃんに頷いて返す。言いながら、ベッド脇の棚に向かって体ごと手を伸ばしかけた俺を制するように、棚に一番近い場所に座っている理沙ちゃんが名乗りをあげた。

「いいよ。私が取る。引き出しって、一番上?」

「いや、二番目。二番目の引き出し」

 二番目というところを強調しつつ、開けるね。と、断りを入れて引き出しを開ける理沙ちゃんを、チャンスとばかりにじっと見る。

 少し俯き加減になる横顔。俯き加減になったことで、頬にかかる栗色のさらさらの髪。それを耳にかける指。どれも綺麗で、そのどれにも触りたくて、体の根っこが疼くような感覚に心臓がそわそわする。

 全部、俺のものならいいのに。その髪も指も、睫も鼻も唇も、全部。めちゃくちゃ大事にするのに。絶対、大事にする。憧れだか性欲だかよく分からない感情に胸を熱くしつつ、そんなことを強く思う。

 そんな、多分かなり不躾になっている俺の視線を気にする素振りも見せず、理沙ちゃんは引き出しから人数分のフォークを取り出すと、ふと棚の上のものに目を留めて口を開いた。

 

 

 

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