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「あ、帰ってきた」

 扉を開けたと同時に、そんな声と一緒に四つの顔がそれぞれこっちを振り返る。探す間でもなく、その中のひとつに目が勝手に向いてしまう。

 今日の彼女は髪を結わずに下ろしていて、それがまた、女の子らしい花柄のミニワンピにとてもよく似合っている。だけど、何より素晴らしいのは、そのミニワンピの裾から伸びた素足だ。本人はそんなつもりは更々ないのだろうけど、俺にしてみれば眼の保養どころか、眼へのご褒美だ。

 無駄に高鳴る心臓とにやつく顔を堪えつつ、不自然にならない程度に視線を移動させなきゃいけないと思うものの、どうにも目がそこに居座り続けようとするから困る。

「怪我人のくせにどこほっつき歩いてんだよ」

 ちょうどよく真生が口を開いて、自然な流れで視線を移動させることが出来た。どうやら、折りたたまれた簡易椅子を椅子の形にする動作の途中だったらしい。少し腰を屈めた姿勢でそう言いながらも、真生が椅子の形にした椅子を彩乃ちゃんのほうへとやる。

「ごめんね、留守中に勝手に入っちゃって」

 椅子を受け取りながら、彩乃ちゃんが真生の言葉に続けて申し訳なさそうに言う。よく見れば、彩乃ちゃんも理沙ちゃんと同じような生地の花柄のミニスカートを履いている。きっと、ひらひらの薄い生地の花柄が女の子達のこの春の流行なのだろう。惜しむべくは理沙ちゃんと違って彩乃ちゃんは、レギンスを履いていて素足が見えないことだ。

「いいのいいの。気にしないで、いくらでも勝手に入っちゃって」

 すけべ心を笑顔に隠して答えながら、続ける。

「こっちこそ、ごめん。もう来てるとは思わなかったから、のんびり便所行ってた」

「便所? 部屋にあるのに?」

「大きな便所に行きたい気分だったんだよ」

  空気の読めない質問を投げてくる真生に適当に返して、ぐちゃぐちゃに皺がよったシーツやらを隠すべく、そそくさとベッドに戻る。故意ではなく理沙ちゃんの横を横切ったら、ふんわりといい匂いがした。それだけで幸せな気分になってしまう俺は、どこまでおめでたい奴なのだろう。

 俺がベッドの上に腰を落ち着けたのを機に、さっきまで母親が座っていた椅子に座った理沙ちゃんが、こっちを見て口を開いた。

「お見舞い来るの遅くなってごめんね。怪我の具合は、どう?」

「うん、大丈夫。痛み止め飲んでるから、そんなに痛いこともないし、治りも順調だって」

「そう。良かった」

 安心したように理沙ちゃんが笑う。たとえ儀礼的な心配だろうと、彼女が俺にくれる言葉なら何でも嬉しい。久々に顔が見られた喜びも相俟って、テンションが天井知らずに鰻上りになっていく。

 いかん。元々渋さとか、精悍さとかとは縁遠い顔だけに、せめて爽やかな笑顔を心がけようと思っているのに、実際本人を前にしたらどうしようもなくにやけてしまって、いつも以上に締りがない顔になってしまう。漫画とかなら完全に頭の上に花が咲いている感じの、アホっぽいでれでれ笑いを何とか引き締めようとしていると、脇から声と手がにゅっと伸びてきた。

「孝お兄ちゃん、漫画買ってきたよ」

「おお! ありがと、フィーちゃん」

 そっちに顔を向けると同時に、大袈裟な声でお礼を言って、差し出された分厚い週刊漫画雑誌を受け取る。彩乃ちゃんの隣の椅子に座りなおしながら、フィーちゃんは小さく肩を窄めて、にこっと笑って返した。

 残念なことに俺にはある意味魔物のような姉達しかいないけど、もし妹を持てるんだったら、こんな子がいいと心底思う。クォーターということも関係しているのだろう、将来間違いなく美人になる恵まれた顔立ちに、素直で懐こくて可愛い性格。そして何より。

「買ったのは、俺だけどな」

 横から減らず口を挟む真生に向ける、黙れと言わんばかりのむすっとした目線。

 素直で可愛いだけじゃなく、ある種のツンデレ成分まで、ばっちり整っている。二次元オタクの理想の妹のようなものだ。ちょっとだけ、真生が羨ましい。と言っても、真生にしてみても、フィーちゃんは妹じゃなくて又従姉妹だけども。

「そうだ。私達も、ケーキ買ってきたの。みんなで食べようと思って」

 フィーちゃんの行動で思い出したように、彩乃ちゃんが、がさがさと袋からケーキの箱を取り出す。エロ本とは天と地の差があるその見舞の品に、やっぱり女の子だなあと妙な感心を抱きつつ、侘びとお礼を言う。

「わあ、なんか気を使わせてごめんね。ありがとー」

「飲み物も買ってきたよ。孝くん、どれがいい?」

 箱を手に立ち上がる彩乃ちゃんの横で理沙ちゃんもそう言って、コンビニの袋をがさがさ鳴らして中身を取り出す。

「ありがと。じゃあ、コーヒーで」

 言って、恭しく無糖のコーヒーを選ばせていただく。はい。と、笑顔で手渡してくれた手が綺麗で、思わず見惚れそうになるも、その手はすぐに離れて、それぞれに飲み物を配っていく。

「真生くんもコーヒーでいいよね? フィーちゃん、普通の紅茶とミルクティとカフェオレあるけど、どれがいい?」

「ありがとう。なんか、俺達までごめん」

 申し訳なさそうに言う真生とは反対に、フィーちゃんは、ありがとうと、無邪気に笑顔を咲かせた。

 

 

 

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