どうしてこう、どいつもこいつも、すんなりと受け入れてくれないのか。苛々をぶつけるように、書類にペンを走らせる。自然と筆圧が強くなり、ペン先が、ぐさりと紙面を突き破った。
ここを出たほうがメルロイのためだと、なんで分からないのだ。やれ、男っ気がないだの、やれ、洒落っ気がないだの、事あるたびに口を揃えて言うくせに、そうせているのが自分達だと、なんで気づかない。
穴が開いた書類に、自然と舌打ちが零れる。むしゃくしゃして、がしがしと力まかせに頭を掻いた。
メルロイの休暇中、グリンから、メルロイの写真を見せられた。ブライドメイドの衣装を着たやつだ。グリンの小さい携帯の中で、地元の友人だろう数人の女達に囲まれてメルロイは笑っていた。綺麗に化粧をした顔も、綺麗に巻かれた髪も、他の女となんら遜色はない。年相応の綺麗な女がそこいた。若い女らしい華やかな笑顔が、そこにあった。
メルロイは、十八かそこらで、ここに来た。それから五年ずっと、たまの休暇を除けば、ほぼ年中無休状態で、隊員達の生活の世話を一人でこなしてきた。何の洒落っ気もなく、いつも大体同じ髪形をして、同じエプロンをして、毎日朝から晩まで、料理や掃除や洗濯や裁縫を繰り返していた。俺は、そんなメルロイしか知らなかったから、流行りやそういうものに、興味がないのだろうと思っていた。だが、違うのだ。興味がないわけでも、したくないわけでもない。メルロイは、しなかったのだ。ここでの生活が、俺達が、メルロイに、それをさせなかったのだ。
写真を見た時、俺は、そう思わずにはいられなかった。そして、やはり失敗だったと痛感した。十八の娘、まだ少女の面影さえ残していたような若い女を、仕事とはいえ、こんな場所に閉じ込めるべきではなかった。人生で一番楽しいと言っても過言ではない時期を、俺達はメルロイから奪った、そうとさえ感じた。
あいつのためを思うなら、早いうちにここから送り出したほうがいい。その考えは、以前から俺の中にあった。しかし、そこに迷いがあったのも事実だ。メルロイは優秀な補佐だし、隊員達の精神の安定にも大いに役立ってくれている。今、うちの隊から、あいつが抜けることは、大き過ぎる痛手だ。それに。
それに、正直に言えば、俺は自分の感情に踏ん切りをつけれずにいた。メルロイとこの場所の関係を断ち切ることは、そのまま、自分とメルロイの関係を切ることに繋がる。自分勝手極まりないが、それが一番大きな迷いの原因だった。
だが、メルロイが戻ってすぐに、俺は、迷いを捨てた。
戻った晩、早速、隊員達からせがまれて、メルロイは結婚式の話をしていた。たまたま、その場に居合わせた俺は、偶然、目にしたのだ。花嫁である幼馴染のことを話しながら浮かべた、羨ましそうな、けれど諦めたような、メルロイのそんな、一瞬の表情を。
その瞬間、俺は確信に近い強さで悟った。あいつはここにいるべきではない、と。
だからバルバに、思ったままを話した。バルバは俺の話に耳を傾け、頷きながらも、最後までかなり渋っていた。隊におけるメルロイの存在の重要性を、バルバは俺以上に理解していたのだから、当然だろう。
補佐の代わりは簡単に見つかっても、隊員達にとってのあいつ、リサ・メルロイという人間の代わりになれる者は、そうはいない。だが、それ以上に、メルロイの人生には、他に代わりがきかないのだ。
それを分かっていたからこそ、バルバは、最後まで渋りつつも、最終的に俺の話を受け入れた。そして、メルロイの決断も、受け入れた。
煙草を取り出して、火をつける。大きく息を吸って、煙を吐き出す。ガラスの破片でも飲み込んだかのように、喉が痛んだ。
あの夜のことが、頭から離れない。
まるで体の芯を抉り取られて、あの夜のあの場所にそこだけ縫い付けられているかのようだった。
あの次の朝、俺が見た時には、メルロイはいつも通りの大声で、朝食に群がる隊員達を叱り飛ばしていた。
――ほら、ちゃんと並ばない人には、おかわりなしですよ!
メルロイの声が響いて、隊員どもが騒いで、喧しくも明るい笑い声が絶えないいつもの朝の光景。その中心に、メルロイは確かにいた。数時間前のことなど嘘のように、メルロイはそこで笑っていた。隊員達と談笑する姿も、仕草も、なんらいつもと変わらなかった。
俺は完全に寝不足のぼんやりする頭で、それを廊下から見ていた。俺に気づいたメルロイと目が合った時、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、メルロイは怯えたような目をしたものの、すぐに普段通りの顔に戻って、しゃきしゃきしたいつもの口調で、おはようございます。と、笑顔を見せた。
――少佐、寝癖ついてますよ。
そう言って、自分の頭を指差して笑う顔には、数時間前に見せた表情の欠片もなかった。俺はそれを見て、安心するどころか、いやに胸が騒いで落ち着かなかった。
メルロイが退職願を持って、バルバの元を訪れたのは、その二日後だった。
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~ 少佐と私。~