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 そうしないと、延々とフィーがこの話を続けるような気がした。

「俺の願いは、お前の願いが叶う時に、多分一緒に叶うから。俺はそれでいい」

 口に出した言葉は、胸にある言葉とは少し形が違うけども、嘘ではない。俺の願いは、フィーには叶えられない。少なくとも、今のフィーには。

 だけどいつかフィーの念願が叶って、穢れになる前の、暗示にかけられる前の、本来のフィーに戻る時には、俺も本当のことを知っているはずだ。

 何故俺達二人なのかとか。『来るべき時』とは何なのかとか。その時に俺達は何を望まれていて、実際何をするべきなのかとか。そして、結局俺は誰なのか、とか。そういうこと全部。

 だから、嘘は言ってない。

 だけどフィーはそれを聞いて、多分、俺の願いは指輪の所有者じゃなくなることだと思ったのだろう。盛大に眉を顰めて返した。

「それでは礼にならぬだろうが」

「だから、礼なんていらないって言ってんだろ」

 元の木阿弥になった議論に、フィーが小さく息を吐く。

「まあ、良い。ゆっくり考えよ。レネは未だ見つからぬし、私の七月七日はまだ遠いようだからなあ」

 嘆くように言って、フィーは肩を落とした。やや目を伏せたことで、長い睫が夜目でも分かる影をその頬に作り出している。俺は気を取り直すように軽口を叩いた。

「案外、近くにいたりしてな」

「ならば、私が気づかぬはずがなかろう。相手はレネぞ? たとえ星の裏側にいても分かるはずなのに」

「分からないからこんなことになってんだろ、実際」

 ある意味尤もな俺の突っ込みに、フィーがむすっと口を尖らせて不満げにこっちを睨む。その睨みで、俺はまた知らないうちにフィーを見ていたことに気づく。

 なんでこう、観察するみたいにいちいち見ているんだ、俺は。本当に、知らない間に癖になっているのかもしれない。

 よく分からない自分の行動は空に放って、ついでに行き場を失くした視線も、空に放った。

 そこにあるのは、いつだったか、星が殆ど見えないとフィーが寂しそうにぼやいた夜の空。

 実際、星なんて探さなきゃ見つけられないし、天の川なんてそれこそ、写真や映像でしか見たことがない。

 だけどそれは今の俺であって、昔の、俺じゃなかった頃の俺は見ていたのかもしれない。フィーが話していた満天の星が光る夜空を、今のフィーじゃない、その頃のフィーと一緒に。

 馬鹿げていると思いつつも、そんなことをぼんやり思う。

 

 ふと視線を戻せば、フィーは既に意識を俺から、人様の家の植え込みへと移していた。何の植物か知らないけど、濃い緑色の葉っぱをしたそれを優しい顔で見つめている。

 俺はそれをまたちょっと何の気なしに眺めた後で、何となく思ったことを口に出した。

「フィー。七夕、雨降らせるなよ」

「何故だ?」

 くるりとフィーがこっちを向く。それを認識した後で、俺はいつもどおり顔を逸らす。

「雨が降ると、会えないらしいから。彦星と織姫」

「その二人は天におるのだろう? 天におるのに、地上に降る雨など関係なかろう」

「そういう話なの。人間の間では」

 理解出来ない様子のフィーに、適当ながらきっぱり言って返す。そうしながら、自転車のハンドルを持つ手に、少しだけ力を入れた。

「なんか今年は会ってほしいからさ、二人に」

 一年に一度でもいいと思うくらい会いたいなら尚更。少なくとも彦星と織姫は、思う相手がそこにいると、お互いはっきり分かっているのだから、どこにいるか、誰なのかも分からない彦星を探し続けているこっちの織姫より、全然容易いことじゃないか。

 早く会ってしまえ。そしてもう、そのままずっと一緒にいればいい。相手のことがそんなに好きなんだったら、無理やりでも頑張ってずっと一緒にいればいい。好きなら、それくらい頑張れよ。

 口に出すことは出来ない、苛々にも似たそんな気持ちが自然と胸に溜まって、ハンドルを握る手に流れていく。

 フィーはちょっと黙って、横を歩く俺を少しの間見ていた。

 目に映る俺の姿からフィーが今何を考えているかは、俺には分からない。だけど、それはフィーにしたって同じことで。

 フィーは結局、小さく肩を竦めると、いつもの調子で声を返した。

「まあ、別に私が雨を降らせるわけではないが。お主がそう望むのであれば、そういうふうに計らってやっても良い。そうだな、水羊羹で手を打とう」

「あー…。今ので、お前の七月七日、また遠のいたわ。そんな気がする、激しく」

「なっ!? 関係なかろう、私の七月七日と水羊羹は!」

「うん。関係ないから、いらないよな、水羊羹」

「ケチ!」

「何とでも言え、金食い精霊」

 

 多分フィーが言ったように、雨が降ろうと降らなかろうと、彦星と織姫には関係ないだろう。そこに相手がいる限り、会うことは不可能ではないのだから。たとえ一年に一度だろうと、いや、一年に一度だからこそ、会いたいと心底本当に相手を思うなら、障害なんて、関係ない。

 

 ―――もし。

 もし、本当に俺がレネなら。

 いつか、会えるのだろうか。

 彦星と織姫みたいに、障害なんて物ともしないほどの気持ちの強さで。

 いつか、本当のフィーに。

 その時、俺はどうするのだろう。フィーは、どうするのだろう。

 

 七月七日は、程遠い。

 

 

 

 

 

精霊奇譚番外編『君と僕の七月七日』―――END―――

(2014/06/29)

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