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【 04 】 - 2

 

「当たり前だ、阿呆めが。私を誰だと思うておる。神代の昔にとある大神に請われて、某女神の誕生時に愛と美の祝福を授けに参った清乙女の一人だぞ、私は」

「いや、知らないし。ていうか、何言ってるかさっぱりなんだけど」

「とにかくだ。今は訳あってこのような小娘の形をしておるが、本来の私は天地を狂わすほどの美女だ。お主なぞきっと、恐れ多くて私の前で顔をあげることも出来ぬわ」

「あ、そ。そりゃ大変だー」

 フィーの顔立ちが可愛い部類に入ることは認めるけど、口の周りを汚しまくって羊羹に食らいついている姿を散々見てきただけに、今更美女だとか言われても何の感慨も浮かばない。

 俺の返答が気に入らなかったらしく、フィーが向きになったように声を尖らせる。

「信じておらぬだろう、お主」

「別に信じてないわけじゃないけどさ。なんつうか、想像つかないじゃん? 大体、天地を狂わすってどんだけだよ」

 お茶を飲みながら思ったまま返す。フィーはぶすっとしたものの、すぐに思いなおしたように小さく肩を落とした。

「まあ、この姿ではそれも仕方ないか。本来なら背格好もお主と同じくらいなのだがな、私は」

「へえ」

 美女云々の点はともかくその話に頷きながら、ふと、あの日見た白昼夢が脳裏に過ぎった。

 あの樹霊さんと同じように、一人で泣いていた銀髪の女の人。はっきりは分からないけど、俺とあんまり歳が変わらないように見えた。あれはやっぱり、フィーだったんだろうか………。

 少なくとも、あの目の色は間違えなくフィーのそれだったと思う。吸い込まれそうなほど澄んだ、青よりも青い青。

 だけどあれは、あの土地の記憶の断片のようなものだとフィーは言った。それなら、あれはフィーじゃないということになる。三百年間ずっと指輪に閉じこもっていたフィーが、あそこの土地の記憶に出てくるはずがないからだ。

 結局、あれは何だったのだろう。それに、あの尋常じゃない激痛も。何もかもはっきりしないまま、分からないことだらけだ。まあでも、だからって俺がいくら考えたところで、

「…分かるわけないか……」

「何がだ?」

 つい、ぽろりと口から漏れた言葉にフィーが反応する。しまったと思うと同時に、じっと目を見てくる青い目に内心たじたじとなる。

 これだけ一緒にいてもまだ、この目にこんなふうに真っ直ぐじっと見つめられるのは、どうしても慣れない。恐怖はもうないけど、やっぱりどうにも落ち着かない。

「や、なんでもない」

「何だ、気になるではないか。言いかけたのだから、はっきり言え。何が分からぬのだ?」

 非難めいた口調で詰問され、返事に困る。だって、何て言うのだ。「この前さ、一人ぼっちで号泣してた銀髪の女の人見たんだけど、あれってお前だよね?」なんて無神経なこと、さすがに訊けない。だから今の今まで、いくら気になっても口に出さなかったのに、なんでぽろりと言っちゃうかなあ、もう。

 困って黙り込むこと数十秒。圧倒的目力を前に、だんまり作戦は不可能だった。心の中で白旗をあげ、俺はぼそぼそと声を出す。

「……この前のさ、公園で見た白昼夢っていうか幻覚? その中で、その……、ひどく泣いてた女の人いたじゃん? あれって、その、………お前なの?」

 勇気を出して尋ねたものの、聞いた途端、はっ? と、言わんばかりの顔をしたフィーに焦って、慌てて手をぶんぶん横に振る。

「いやッ、間違った。お前じゃなくて、あの樹霊さんの話。ほら、あの桜の」

「泣いていた?」

 無駄に慌てふためく俺を不審がるわけでもなく、フィーがきょとんとして訊き返してくる。そのあっけらかんとした声に、焦っていた分、拍子抜けした。

「泣いてたじゃん。あの男の人と別れた後」

「………ふむ。どうやら、私とお主では見たものが違うらしいな」

「え、そうなの?」

 びっくりする俺に頷きながらフィーが目線を下げ、考え考え、それこそ独り言のように呟く。

「そうか、泣いておったか。まあ、古今変わらず異種間の恋愛に悲恋は付き物だからな。そもそも、大いなるものが定めた理に反することなのだ。仕方がないと言えば、仕方がないことだろう」

「ふうん………」

 だとしたら、フィーとレネも悲恋だったのだろうか。フィーもやっぱり、あの樹霊さんみたいに、何年も何年もずっと一人で泣いていたのだろうか―――……。

 心持目を伏せて考え込むフィーに、泣きじゃくっていた銀髪の女の人の姿が重なって、心臓の辺りがちくりと痛む。そのまま何となく二の句を継げずにいると、視線を上げたフィーが俺を見て、何とも形容しがたい表情で、ふっと息を吐くように笑った。

「だが、あの樹霊はもう、とっくに悲しみを乗り越えておる。お主がそんな顔をする必要はない」

「………あ、うん。なら、そう。よかった」

 フィーらしからぬその、柔らかく包み込むような、それでいて涼しげな、大人びた微笑み方に思わずしどろもどろになって、ついでに無意味に赤くなって、妙な返事をしてしまった。

 俺は馬鹿か。

 何をこんな、見た目年齢でいうなら十三、四歳くらいの、いかにも少女という言葉が似合う風貌の女の子に対して赤くなってんだ。

 確かに、綺麗系よりは可愛い系のほうが好きだけど、あくまで、同年代に限る話だ。上はともかく下はどう頑張っても、十八くらいじゃないと無理だろ。無理だって、そう無理無理無理、俺はロリコンじゃない。って、だから何を考えてんだ、俺は馬鹿か。

 自分の予想外の動揺に内心で更に動揺した時、『ポ○モンゲットだぜぇッ!!』という明るい叫びと共に、炬燵の上で携帯が震えた。

「お主の携帯は、何故そう無駄に騒がしいのだ。喧しい」

「俺のせいじゃねえよ。孝に言え、孝に」

 権高にはっきり文句を言う、いつものフィーに微妙に安心して言葉を返す。やっぱり、フィーは生意気そうな顔をしているほうが助かる、何かと。

 そんなことを思いつつ、携帯を開いた。

「もしもし?」

『あ、もしもし真生? 孝だけど』

「おお。どうした? なんか、声暗くね?」

 いつもより幾分かトーンの低い声色に、眉を顰める。まさか早速、理沙ちゃんに振られたとかじゃないだろうな。と、咄嗟に友達甲斐のない予感を抱いた矢先、孝が電話口で哀れっぽくぼやいた。

『聞いてよ。可哀想なの、俺。今、どこにいると思う?』

「え、どこ?」

『病院。入院だってさ』

 

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