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【 07 】 - 2

 

  実際、立ち塞がるというほどの大きさではないけども。視線と視線の中間に、ぴょんと飛び込んできたと言ったほうが正しいけども。

 その行動に、シシィが面倒くさそうに嫌悪感たっぷりの声を寄越す。

「なんだよ。銀の姫が怒ってる時は、声も出せないくらい、びびって竦み上がってたくせに」

「姫様とアオ達違う。怖いの仕方ない。今も本当は、燃え尽きそうなくらい怖い」

 アオがむっとした声で言い返し、アカとキイロも「怖い」「怖い」と、気弱な言葉を強気に連呼する。そして、今度は縋るような声をフィーに向けた。

「でも、ご主人様はダメ。銀の姫様でもダメ。約束した。誰にも何もさせない。守るのが、アオ達の使命。お願い、姫様」

「お願い、姫様」

「お願い」

「…え? いやいや、ちょっと。お前達……?」

 まさに必死と言った感じのアオ達の様子に、自然と顔がひきつる。なんで俺はこんな小さい、ビー玉より小さいアオ達からさえ、全力で守られなきゃいけないんだろうか。訳が分からない。というか、マジで俺、何されるの?

 不安と疑問でどんどんいっぱいいっぱいになっていく俺を余所に、フィーは少しだけ腰を屈めると、アオ達の高さに視線を合わせた。そうして、ゆっくりとアオ達を順番に見やってから、優しく言い聞かすように口を開く。

「そなた達の気持ちはよう分かるが、その主人が望んでおるのだから仕方なかろう。案ずるな。こやつは妙ちきりんだが、なかなか強いし、なるべく一瞬で済むようにするゆえ」

「でも姫様、ご主人様のは」

「約束した、特別の、絶対の」

「守る、使命、果たすの約束」

「落ち着け。大丈夫だと言うておろう」

 口々にばらばらのことを捲くし立てるアオ達を宥めるように、フィーが少し笑って言う。

「そなた達の主人は行くと決めた。ここで私がせねば、シシィがしよう。あの乱暴で手加減を知らぬ風の息子がな。そのほうが良いか?」

 その言葉に、アオ達は一斉にぴたりと静まった。そしてそのまま力なく、しずしずと体を沈ませた。

「……それ、もっとダメ、絶対ダメ」

「……絶対絶対ダメ」

「……絶対絶対絶対ダメ」

「ならば、大人しく退っておれ」

 ついには床にのめり込む勢いで沈み込んだアオ達に、少し憐れむようにそう言って、フィーがついと表情を変えて俺を見る。

「真生」

「、はい」

 俺は思わず、唾を飲み込んだ。アオ達の異常な落ち込みようもさながら、フィーの異様に真面目な顔が怖い。

 一瞬で済ませるとか何とか言っていたけど、俺は何をされるのか。不安に鼓動が早くなっていく。

「歯を食いしばり、気を強く持て」

「へ…?」

 言われたことの意味が、すぐには飲み込めなかった。眉間に皺を寄せて見る俺を静かに見返しながら、フィーが説明する。

「そのままでは冥界に行けぬ。肉体が腐ってしまうゆえ、肉体と魂を切り離す必要があるのだ。ただ、生きている動物には、その行為は耐え難い苦痛が伴う。弱い魂ならそれが原因で肉体を失うこともあるほどだ。だが、お主はその点では心配ない。ただし、だからといって苦痛の程度が変わるわけではない」

「え」

 苦痛とか聞いてないんですけど。一気に顔面蒼白になる俺に、横からゴロウさんから朗らかな声をかけてくる。

「なあに、一瞬じゃよ。ちょっとばかり身を二つに裂かれるくらいの痛みがするだけじゃて」

 いやそれ、どう考えても、ちょっとばかりってもんじゃないですよね? と、内心で突っ込みつつも、早くも嫌な汗がどっと吹き出してくる。

 一方、シシィはシシィで、思いっきり残念そうに口を尖らす。

「あーあ。オレがやりたかったなー。こう、がばっとずびいいいって、力の限り引き裂きたかったー」

 何、その効果音? そんな音がするわけ? え、どこから?

 訊きたいことは山とあるのに、舌が縮こまって思うように動かない。ただひたすら怖い。想像もつかない痛みが、想像がつかないだけに怖い。

「…ま、麻酔とか…」

 物凄く頑張って、強張る口と喉の筋肉を動かして何とか言ってみる。だけど、すぐにシシィの呆れ返って馬鹿にする声が飛んできただけだった。

「バッカじゃないの、お前。んなもん、効くわけないじゃん。少しは考えてもの言えよ」

「ああ、そう。つうかお前、医者かよ!」

「真生殿。案ずるより産むが安しという言葉があってじゃのう」

「いや、知ってますけど!」

 殆どパニックになりかけている俺を目に、フィーが肩を上下させて長めに息を吐いた。

「行きたいのであろう? ならば耐えよ」

 その言葉に少しだけ冷静さを取り戻す。

 そうだ、俺は行きたい。行って、ゴロウさんに話を聞いてもらいたい。フィーのことも、俺のことも、皐月さんのことも、シシィのことも。もう、頭が爆発しそうなくらいぱんぱんで、一人じゃ抱えられなくて、だから―――…。

 無意識に、ゴクリと喉が鳴った。それを合図にしたかのように、フィーがまた口を開く。

「痛みに泣き叫ぶことは構わぬが、誤って舌を噛まれては面倒ゆえ、出来るだけ歯を食いしばっておれ」

 言いながら、フィーは片手を伸ばした。躊躇いなく真っ直ぐ、俺の頭に向かって。

「やるぞ」

「え、ちょ、ま…」

 まだ心の準備が! 言う暇なく、ぐいっと前頭部を鷲づかみにされた。恐怖で全身が強張って、小さな悲鳴すら出せない。

 俺は覚悟も出来ていないまま、思いっきり目を瞑って、歯を食いしばった。

 

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